2016年2月27日土曜日

世界の悩める仲間たちへ


孤独の血
今干からびた社会の片隅で、一滴の潤いも得られず社会から突き放されたと感じ、出口なき不安に絶望の淵で孤独の血を流している仲間たちよ!しばし現実を遊離し、最寄りのプラレタリウムに出かけてみよう。



永遠と無限の旅
そこで永遠と無限のソファーに深々と身を沈め、ジェット・ストリームの翼に乗って広大無辺なる宇宙の大海原へと旅に出かけよう。そこでは暗黒を切り裂く轟音と共に四方八方へと飛散する
光の洪水、子供の頃畑の真ん中で夜空を見上げながら父から
聞いた白鳥座などの数々の星雲、そして天の川の片隅に豆粒
の様に浮かぶ我々の故郷地球が待っている。

奇跡
宇宙の誕生より約135億年。そして今我々は近隣の星の気紛れで一瞬にして粉塵に帰してしまうか弱き地球の上にいる。この
奇跡。宇宙を前にして今の自分の悩みが一体なんであろう!
この卑小なる人間、しかし愛しき存在人間。仲間達よ!大宇宙に自己の全てを身を預け、今この一瞬を生きている奇跡を胸に
顔をあげ胸を張って生きていこうよ。

僕は幸せだ


大自然の懐に抱かれて、ただ生命体として生きていることの有難さよ!僕は幸せだ。

2015年8月21日金曜日

性的忘我 VS 悟り (無心) 

                                                             - 神も仏も信じられない人の最終帰依所 -

孤独者同士の偶然の出会い

20歳代後半。異郷の地。話し相手もなく、一週間以

上誰とも話さない事がよくあった。孤独だった。温か

い眼差しが欲しかった。道行く人々たちの何気ない

笑い声、街の賑いは僕には無縁だった。そんな

日々が続く中、ある日偶然一人の女性と出会った。

彼女も異国の空の下で粗末の食生活で体調を崩

し、心許せる友もなく、寂しい日々を送っていた。僕

たちは砂漠でオアシスを見つけた如く、その日夜遅

くまで語り合った。そして・・・・寂しさを癒すかのよう

にお互いの肉体を狂おしく求めあった。果しなく続く

かにみえた激しい抱擁。彼女の目が僕の目の近くにあった。凍てついた孤独がお互いの胸の中

で溶解していくように感じた。その間僕は彼女を求めるという行為の中に没入した。その時世界

は消えた。一刹那の肉欲の耽溺と人は称するかもしれない。しかし今思い返してみると、自己と

外界を隔てる自己意識は消え去り、時空間を超えて無限と自分がぴったりと一体となった時だっ

たと思う。


アルプス裾野の老朽家屋の塗装を通しての内的経験

僕のイタリアの甥は筑後100年の3階建ての家の塗装を一人で

任され、それに従事していた時の事をよく口にする。彼は語る

「翌日起きると体はクタクタ。でも不思議な事に、あのシンナーの

いを嗅ぎ、ペンキでシミだらけになった作業服を着ると、何か

が体を動かすのを感じたんですよ。そして無心になって刷毛を動

かしていると、顔では笑っているけど心の奥底では「これではい

ないのだ。」と、自分の弱さ、不甲斐無さの自責に苦しんでい

た日々の生活では経験したことがなかった充実感、いや幸福感と言っていいのかもしれない。そ

んなものを感じたんですよ。その幸福感は夜一人で粗末な夕食をとっている時じわ~って心一杯

広がってきたんですよ。塗装を終わらせる事。そのうちから突き上げてくる何者かの力に従うこ

と。その時そうする事が最も正しい選択であると無条件で感じたんですよ。」と。

悟りとは?

上記のような経験は日常生活の中で誰でもが経験しうるもので

あると思うが、そうした経験を称して「悟り」となると多くの者は

「それは悟りに対する冒涜だ!」と強く反発するであろう。しかし

「悟りというのはこういう状態なのだ。」と概念化、規定化するの

は禅が最も否定するところで、僕が理解する「悟り」とはこれとい

った特定の相貌はなく、どんな相貌にもなりうるもの、又一時

も留まることのない流動の状態にあるものと解する。それでは

「悟り」を表すキーワードを考えてみよう。無我、無心、無分別、主客合一、成り切る等がそれで

あると思うが、どうであろう?上記の各々の経験は悟りの状態に類似しているといえないだろう

か?


悟りへと駆り立てる力

悟りはノーベル賞とは違う。現世の労苦に対して授与される勲

章ではない。命を賭しての一生涯に渡る求道、、自己を完全に

無化する事によって獲得するもの。それが悟りだ。世の称賛は

い。あるのは揺ぎ無い絶対的心の平安と自己の全面否定を

通して無限の揺り籠に身を委ねる無心を手に入れることだ。世

の人は現世の全ての楽しみを放棄して何故そこまで?と問う

かもしれない。それは僕も20歳頃経験したことだが、絶対的根

拠のあるものはこの世に存在しないという自覚と共に無限とい

う深淵に陥り、恐怖と不安で血が凍結するような日々を過ご

し、この心の痛みを少しでも和らげずにはもうこれ以上生けて

いけないという崖っぷちまで追い詰められた経験故だと思う。僕は思う。我々の人生の苦悩を生

み出している根っこにあるのは、とりとめ無き実存的不安感、途方感、であると。いきなり見ず知

らずの所に投げ出され、自分がどこにいるのか?どうしたらよいのか?も分からずにただ立ちつ

くしているあの子供の不安感、狼狽感だ。実は幼児でも本能的に知っているのだ。我々の人生

は結局のところ、得体の分らない所をグルグルとただ動き回り、終局は大自然の生成の変化に

飲み込まれていくことを。みんな忙しく動き回っているのは、その屈するしか術のない大自然の

冷厳なる力を本能的に直視するのを避けているからだ。

欲望による救済

だが幸いなことに、僕達は生れた時欲望を付与された。欲望で

心を奪われている時、僕達は日常生活の水面下でヒタヒタトと確

実に流れ続けている時の大車輪の音を聴くことはない。

しかし欲望は長くは持続しない。すると又あの実存的不安感が

シラケ、退屈という形で僕達の心にそっと忍び込む。人生は実存

的不安感に依拠するシラケと、とりとめ無き不安感を忘却

するために僕たちに与えられた欲望の充足に向けての奔走の繰り返しと言っても過言ではな

い。


無心即ち神仏なり

僕が異郷の地で出会った女性と抱擁という行

為に没入していた時、僕の心の中には全くと

言ってよい程不安の入り込む余地はなく、自己

を対象化する意識は行為の中に喪失していた

と思う。おそらく甥の場合も同じ様な心境では

なかったか?と推測する。僕に限って言うな

ら、あの時孤独が僕の心を真綿のように重く締め付け、その痛みに耐えていた。その反動がああ

した獰猛なまでの狂おしい性的行為となって表れ、結果として性の極みが死にも近いと思う程自

己忘却の領域にまで達しさせたのだと思う。僕は思う。人はそのような心の状態に没入した時の

み、真の意味で老病死といった実存的苦悩から解放されるのではないか?と。又、故に一時的

にせよ無我、忘却、といった悟りの状態と似かよった相貌を呈するのではないか?とも。僕は悟

りとは僕達がこのあずかり知れぬ世界に投げ出されと時から無意識のうちに心の奥底で希求し

てやまない永遠の究極の古里、帰依所であると思う。そこへの到達は全ての人為を離れ、身も

心も大自然の懐に投げ捨て、無心が永遠に触れた時初めて成就するものだと思う。その最も高

い精神的境地に達した求道者、及び状態を称して人は神・仏と呼んでいるのでは?つまり「無心

即ち神・仏なり。」なのではないか?


ピン・コロ思想

現在数多くの人々が、心の奥では老病死の不安を抱えながらも

永遠の心の古里を持たずにそのその日の欲望の充足に助けら

れて生きている。その人達に真っ向からそうした話題を向け

ると煙たそうな反応が返ってくる。人々の宗教感情が希薄な日

本ではそれが顕著だ。彼らの心を占めているのは「ピン・コロ思

想」だ。つまり死ぬ一瞬前までピンピン元気で、死ぬ時は苦しま

ずあっさりと生を閉じる究極の現世思想だ。


しがみつきたい、何処かに

しかし不安は存続する。彼らの心の奥深い所にも。それは年々

深く重くなる。すると余計勝手知ったる今までの現世での価値観

にしがみつこうとする。欲望、家族、過去の栄光などに。しかし

それらは心の癒しにはなるが今の不安を根本的に救ってはくれ

ない。持ち時間は短くなる。刻々と。病院では医師に見捨てられ

た患者の落ち窪んだ眼の中の弱弱しい光が虚空を彷徨う。

「自分はひとり死んでいくのか?」とその目は問う。しがみつきたい。何処かに。この時点での救

済は理を超えた最後まで自分を見捨てない全てを受け入れてくれる神・仏の様な絶対的大きな

愛の胸だ。だがこの土壇場に来て、心に巣食った御利益的宗教観、科学万能絶対主義が信仰

の受け入れを拒む。


無心思想による救済

そうした人々に僕は無心思想を勧

める。無心には現世と来世の分断

ない。それらは永遠に続いてい

のだ。分断しているのは我々の

と自を分ける自己意識で生と死

垣根はないという。確かに全て

存在は我々の脳による認識に

拠している。万物は自己がいな

くなったら果して存在続けるのだろ

か?万物を認識している主体が

え失せた世界とは?ここに無心思想の素朴のメカニズムの核心があるように思う。ではいか

にして無心思想に近ずけるのか?それは単な事だ。ただ、自己を大自然の生成の変化という

大海原に身を任すだけのことだ。自己の全てを人知を超えたものに身を委ねる。ここに全ての宗

教の本質がある。禅も含めてだ。試しに自己をしばし大自然の大河に投げ捨ててみると、何と心

軽やかの気持ちになれることだろう。自己の認識が関与しないその世界が真の実相の世界だと

は僕は言わない。しかしそこには既存宗教の垢がなく、大草原を横切る清々しい緑の微風が優

しく吹き抜けているようではないか!そして何か大きなものにしっかりと抱かれているというよう

なそんな安心感を与えてくれるではないか!そんな世界が「もしかしたら」あるかもしれない。そ

の「もしかしたら」を無心思想は提供し、信じたい、しかしという人々に心の絶対的拠り所を与え

てくれるような気がするのだ。それはある。われわれの意識の背後に。そう信じ生きていこう。心

安らかな人生を送る為に。










2014年10月27日月曜日

 タゴール{インド哲学}&無心  -癌の不安からの解放ー

                         *zoom upしてお読み下さい。
「もしかしたら…癌かもしれない」

最寄りのクリニックの診察室の中。「この間の検査の結果ですが、再検査の必要が・・・」と医師。
「ということは、癌の可能性が更に高まった・・・」と心の中で絶対「そんなはずが」と打ち消しながら動揺する自分と、ここで平常心を保てなっかたら今までの精神的修業が何のためだったのか?と動揺を認めたくない僕のプライド。「とにかく、一週間後結果が出ますので、また来てください。」と事務的に答える医師。「まあ~、大丈夫でしょう。」との医師の優しい言葉を期待して
医師の口の動きを食い入るように凝視する自分。が、その儚い望みは消え、弁護士のいない裁判で、死刑の宣告を受けるような覚悟を強いられた気持ちになった自分。
そして、長~い長~い一週間が始まった。
とにかく、頭は冴えわたっている。台風一過の後の澄み切った空気のように、頭の中にへばりついていた塵、垢が一掃され物事の本質がよく見えるような気がする。人がとるに足らないことにこだわり、大騒ぎをしているのに驚く。生活はいつもの通りだ。しかし心の奥底に今までにも増して冷めた自分がいる。「もしかしたら…」の可能性に「もう、やることは十分やってきたし…」と運命を
平常心で受け入れる理性と、「でも、まだ・・・」と運命を拒否する生命体の本能がある。後者が
不安と怖れを生んでいる様な気がする。そんな心の状態で死を生命の終着点として、当たり前の如く喜んでその運命に服する道はないものか?とその可能性を、今自己の死を自分事として心細い気持ちで日々を過ごしている僕の同胞者たちと共に探っていきたいと思う。

あった!過去にも現在にも。死を歓び生を嘆く死生観が!

「この人生は見知らぬ土地を通過していく旅に過ぎない。人にとって最大の幸福は生まれてこなかったことであり、次に死ぬことである。そして親類の誕生はみんなで嘆き悲しみ、葬儀を心から喜んだ。」との衝撃的な一文は16世紀活躍したフランス人の宗教改革者ジャン・カルビンという人が書いた一文である。この生の価値を全面否定した死生観は深夜一人どこからともなく心のうちに湧き起ってくる心締め付けるような人生の空しさに、体内から血が引いていくような思いを経験したことのない者にとってただ不快な考え以外の何物でなく、むしろ反発を覚えるものかもしれない。が、現世で足元が揺らぎ始め、徐々に勝手知ったる周囲の世界が遠ざかりつつあると感じつつある者にとって、この一文は溺れる者の縄だ。そうした人の心の軸足は自己の運命にあらゆる抵抗を試みた後、いやいやながらであるが来世に目を向け始める。そして関心の対象が「来世はあるのか?」「自己の存在は何らの形で存続するのか?」といった問いに移っていく。
そうした問いに上記の一文は明快に答えている。「この世は来世への一過性に過ぎないと。人間は、「今度あれやろう、これやろう。」と将来に心を向けて生きている。そうした行動の時間がもう与えられていないと感じたら、こんな残酷なことがあろうか?来世の存在を信じること。それは将来の活動の場の可能性を与えられることだ。例えそれが来世であったとしても。そのかすかな希望の明かりで人は絶望に陥らずに生きていけるのだ。
ここに科学がいくら進歩した現代でも宗教を必要とする土壌があるのだと思う。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・・・」と全ての計らいを捨てて、万人の救済するという阿弥陀仏の本願を信じ無心に連呼する。何千回、何万回。そのうち名号を唱えているという意識すら無くなり、あんなに悶え苦しんでいた私という存在すら消えていく。その空になった心の状態こそ極楽浄土だと説くのが仏教の一派浄土真宗の教えだ。これも死地に追い込まれた者を救済するあり方の一つだ。そして上記の二つの救済の方法に共通しているのは、現世は一過性に過ぎなく、来世こそ真の世界であるという天上思想だ。おそらくそうした考えに反理性、非合理と反発する人も多々いるであろう。しかしそうした人々に次のように僕は反論する。

この世は全て嘘

「あなたは死地に追い込まれ、どこにも心預けることもできず、一瞬一瞬情けない気持ちで時を過ごした経験があるのか?」と。「人は非力だ。一瞬前まで自信満々に振舞っていた者の癌と宣告された時の慌てふためきようを君は知っているだろう。」とも。人は苦痛を伴う真実よりも心安らかにしてくれる嘘を好む。そもそもこの世は虚偽、虚飾、偽善、偽得で成り立っているといっても過言ではない。「原発反対。」と叫びながら電気消費量の多い消費文化の生活を続けるデモ参加者。「被害者の人々に元気をあげたい。」とインタビューに応じる善行をしている自分に酔いたい人気アイドルグループ。「「これで事故にあった息子に顔向けができます。」と涙ながら裁判で
勝ち取った多額の賠償金を平然と受け取る遺族。彼らは自己矛盾という認識すらなく、後ろめたささえ感じていない様子だ。自分に不都合な良心の声は退け、民のエゴイズムを人権という名で
虚飾する世論が彼らの背中を後押しする。
人の考えなんてどうにでもなりうるのだ。多くの者が人殺しを聖戦と言えばそれに人は拍手喝采するのだ。その究極な形が宗教だ。キリストは言う「私を信じなさい」と。絶対的確信を持った声で。その絶対的確信に人々は引き寄せられる。この救われたいという人々の願望は理性の次元を超え、大自然の迷い子の帰郷への本能ともいえる。「私は信じる、何故なら信じたいから」。この単純さの中にこそ救済の本質がある。この偉大なる単純さ。それを失ったところに僕たちの不幸がある。見よ!知の毒果を食った人間の死に至る病を。「この単純さに全て身を委ねよ!」と、
ある声が僕の耳元に囁く。その声は僕が気弱になっているとき一層強まる。が、知の毒果が無数の懐疑を生み出し、僕が単純になることを妨げる。この二つの相克の間でどっちにも就けない優柔不断の僕がいる。そんな時だ。今まで聞いたメロデイーとは性質を異にするメロデイーが僕の耳に流れ込んできたのは。それは葦笛の音色であった。その音色は西洋の洗練された音色とは
大きく異なり純朴な大地の香りを含んでいたように聞こえた。そこに何かがある。その音色の心源を辿っていこう。そこに知と単純さの狭間で息詰まった僕を解放してくれる何かが見つかるかもしれない。そして辿り辿って最後に行きついた先にガンジス川があった。又、その心源はインドが生み出した詩聖タゴールの詩からであることが分かった。

ガンジス川から流れてきた葦笛の音色

自己の死を身近に感じている者にとって、無制限なる時間が与えられているという錯覚の上に生きている楽天主義者達の慰めの言葉は空しく響く。そんな時存在の根源まで達したタゴールの言葉は僕たちの心の中に真直ぐ届く。彼の言葉は「人生とはいいものだ」の肯定を前提とした意図的論理の策動がない。彼はただ自分が信じられる真理に根差した絶対的心の拠り所を求
めた。彼の天賦の詩人の感性と強靭な精神力を武器で。彼のそうした狂おしく本当のものを求める姿勢は常識の世界に安住している人々が構築した人間の虚構の世界を打ち砕き、それが幻想であったことを突き付けた。そこにその幻想の上にはもう生きることが出来なくなり、新たな心の拠り所を求めてのた打ち回る僕たちの呻吟の声と共鳴する。彼は見た。踏み鳴らされた規範主義の中毒症状に侵され、その枠内だけしか生きていけない生命のみずみずしさを失った人々を。又、彼らの中にある思い上がり、欲深い無慈悲な貪欲さ、無力な者の卑怯さ、虐げられた者の恨みといった人間の心のうちに宿る煩悩のありのままの姿を。そして彼は暗黒の宇宙を頭上に、ヒマラヤを前にして深く瞑想し悟った。純白なる無垢なる謙虚な心。これが唯一の真理に到達する道であることを。彼は言う、「私たちが謙遜において偉大である時最も偉大というのに近い」と。「老いること、死ぬこと。この変化は全て真理だ。その変化の中に僕たちの足場がある。この変化に沿って生きること。それが最も自然な生き方であり、真の幸福へと通じる道がある。」とも。
しかし、タゴールがぽっかり空いた深淵の淵に立っている僕たちに希望を与えてくれるのはここからだ。彼は言う、「我々の浅はかな五感を一歩超えたところに常緑の泉がある。流転の中に永遠の変わらぬ生命の根源がある」と。彼は詩人の完成を通して真理を示した。我々の一瞬一瞬の行為が永遠に通じていることを。

無心こそが・・・・そしてあの診察室へ

タゴールは我々に示した。 この無常の世界に起こる森羅万象の奥に宿る不変なる実在を。タゴールの詩の一字一句を噛み締めること、その世界に浸ること。それは大海に放り出された漂流者がしがみ付くものに出会ったという安ど感にしばし包まれるに等しいこと。しかし、しかし・・・
これで本当に土壇場でも心乱れることなく自己の運命を受け入れられるのか?となると、絶対的確信は持てないというのが実際のところだ。それでは一体他に何が必要なのか?と僕は考える。体験!タゴールが言葉で言い表す前の心のうちに起こった体験、それが必要なのだ。ではいかにして?そして僕はタゴールの”五感を超えた常緑の泉・・・”の詩のくだりに注目する。このくだりは正しく禅の目指す最終境地「無心の境地」を別な言葉で言い表しているのに過ぎないのではないのか?ではそうだとしたら、その無心の境地への道は?僕たちは知っている。その境地に至るために過去の先人たちが人生の全てを犠牲にしてやっと辿り着いたことを。僕は狭い教義の解釈を取り除けば 全ての宗教の教祖、真の聖人・求道者が達した境地はこの無心にあったと解する。違いは祈り、瞑想、名号の連呼、座禅等のそこへの辿り着くまでの形態だけだ。彼らは己を捨てきった。そのとき彼らの心は純白になり、万物が自己という夾雑物がなくなり、ありのままの状態で心の鏡に映った。自己と万物が同化した瞬間だ。己がなくなる。ということは変幻自在の万物の変化と常時共にし、共にしているから、生という固定した状態もなければ、死という固定した状態もない。この無心の状態を次の一文が明確に表わしている。

「心こそは悟りの木。身体は鏡の台である。鏡は初めから空っぽだ。塵、埃が付きようもない。」

これが存在の実相だ。と、分かっていても僕たち凡夫はここまで極端に求道することは難しい。しかし彼らが残した足跡は、暗中模索だった僕達に死の恐怖の解放への道標のみならず、常に心の奥底で無常の変化に怯える虚構の世界から真の世界に生きる道を指示してくれる。そして人生の究極の目標をも。無心。理を超えたこの境地に僕達は希望を託せるのではないかと思う。

そして今日、癌の判定が下される日だ。
午前9:30am.待合室の中。「…さん、診察室にお入りください。」とのアナウンス。「とうとう来る時が来たか!」と心の中で呟けながら、あの医師の待つ診察室に入って行った。

2014年7月8日火曜日

アホのイタリア巡礼紀行 (キリスト教から禅への帰還)

                                                                                                    * zoom upしてお読みください Read after zoom up
                                           
わしはアホや 

イタリアへ出発の成田空港。Gチケットを使おうとするがやり方が分からん。係員に頼むといとも簡単に即座に解決。わしはアホや。飛行機内。座席前のちっちゃな画面で映画を見ようとするが使い方分からず、”Excuse me?"。わしはアホや。イタリアで出発前のユーロー・スター特急電車。「おしっこ洩れちゃう」と電車内トイレを必死の形相で開けようとするが、ガンとして動かず。電車が発車すると同時にスーとドアが。「アホ、アホ、アホ」わしは正真正銘の時代遅れのオヤジ。これを認めてしまうと「なんだこの心の軽くなった世界は!まるで髪ボサボサ、楊枝咥えて高級レストランで飯を食っている感じではないか!」 少しでも人によく見せよう。よく思われたい。そんなちっぽけな虚栄心を満たすために、なんと多くの労と時間を割いてきたことだろう。他人の目を意識して行動すること。それは演技だ。演技は自分でない人の役を演じることだ。と、分かっているが平凡な自分を認めたくない内なる抵抗が「何々かぶれ」を演じようと欲する。しかし生存を脅かす程の逆境に陥った時、凍てつく孤独の中で役者は舞台衣装を脱ぎ、そして呟く。「自分はおにぎりが欲しかったのだと。」自己のありのままの状態にいるとき全てが落ち着き静かに見える。自己のありのままの状態は人により異なる。自己のありのままは僕の場合どういう状態なのか?その探索は人の純粋個、つまり心の本源」を探す旅である。それがイタリアにあるのか?日本にあるのか?それを探し求めるのが今回のイタリア旅行の究極の目的だ。


そこが羨ましいイタリア社会

イタリアのメルカート(直売市場)は、赤・黄・緑の色とりどりの極彩色の野菜・果物そして多種多様なチーズ、サラミで埋め尽くされ客と売り手[生産者]の声が勢いよく飛び交う。そうした社会の「動」のダイナズムの象徴のような場所の真裏に、イタリアではよくあることだが社会の「静」の象徴の教会がある。この社会の「動」と「静」のコントラストがイタリア社会を象徴する。イタリア人は人生をエンジョイする天才だ。よく食べ、飲み、話し、セックスをする。彼らの大げさな身振りを交えた会話は軽快なテンポで屈託なく、深刻な話題もどこか笑えるものがある。世界の恋人イタリア人の性に対する貪欲さは、隙あらばで親族の集いで義理の兄と妹が何々という話は日常茶飯事で、カソリックの抑制力も限界があるようだ。そうした現世的人生を最大限に謳歌する反面、心の問題があると真裏の教会に駆け込む。そこで全知全能の神に救済を乞う。すると心は癒されるという。そうした社会構造が今でもかなり生きているようだ。現にイタリア滞在中いくつかの教会内で、絶望に打ちひしがれた表情をした何人かの人々を見かけた。あの教会特有の静寂に身を沈め、両手を固く重ねあい、一心に祈っていた彼らの姿が今でも印象に残る。
人生には悩みがつきものだ。生きた宗教が社会構造の基盤となっていない日本では、悩みがあるとほとんどの場合人間に頼る。家族、友人、カウンセラー等。しかし人知を超えた老い、死の様な問題に有限なる人間がどれくらい根本的解決の手を差し伸べることができるというのであろうか?人の頼りなげな微弱な言葉より、ただ全てを受け入れ、片時も離れずに寄り添ってくれる聖母の慈悲の暖かな眼差しの方が、死の恐怖を拭い去ってくれるのに有効といえないだろうか?そうした救済を可能ならしめる前提に信仰を育む精神文化の土壌があることは言うまでもない。もしかしたらそんな精神文化の土壌にイタリア人の底抜けの明るさは支えられているのかもしれない。つまり中世より変わらぬ町並み同様、来世まで支えてくれる不変なる絶対的安心感が。そこに僕が羨むイタリア社会がある。

聖母の救いの手を受け入れられない僕の理由

僕は神のような絶対的存在を信じたい気持ちは人一倍強い。その気持ちは加齢と共に強まってきている。最近では映画、書物など全てが宗教関連のものばかりだ。そして今回のイタリア滞在中数多くの教会を巡り、また教会の中に入って長い間心の敬虔な気持ちで瞑想を続けた。心の平安を求めて。しかし心の平安は訪れることはなかった。むしろ率直に言うと、そこには自己のありのままでいることを阻む異質のものさえ心の中に感じたというのが本当のところだ。
結局、ぼくにとってキリスト教は理性を通して入ってきた観念的代物で、僕が青春時代自分の実際の友以上に身近に感じたヘッセ、ドストエフスキーの主人公とは異なり、幼少時キリスト教の関連行事等を通して日常生活におけるキリスト教信仰の皮膚感覚の欠如がキリスト教圏で育ったものなら当然潜在意識下に育まれ、眠っているはずの懐かしいといった郷愁に似た感情が起こらなかったということだろう。
結局イタリアには僕がありのままの状態で絶対的平安を感じさせてくれる場所はないのか?と悲観的気持ちを抱いていた時、その気持ちを否定してくれる場所に出会った。

マドンナ・ディ・サイアノ教会


その場所は、マドンナ・ディ・サイアノ教会という。その教会は中部イタリアのリミニ州に位置し、緑の絨毯の敷き詰められた小高い丘の頂に立ち、その頂から辺り一帯360度のグリーン・ワールドが一望できる。人々は草木の間を縫うように走っている細い小道をたどり、最後は石の階段を登り教会へと至る。その素朴な外観をした教会は、いかにも地元の精神的安らぎ場所といった風情で、若者の恋の悩みといった軽い悩みも気軽に持ち込める気楽な心地よさがある。そこに立ち,目を閉じ、耳を澄ますと聖フランチェスコを描いた「the brother a sun the sister a moon」の主題歌のメロディーが聞こえてきそうな気さえしてくる。そうした大自然の真ん中に身を置いていると、自己の卑小さ、世俗の問題のちっぽけなさを感じ解放感で心が一杯に満ちてくるのを感じる。その教会のドアを僕が押したのはそうした心の状態の時であった。教会内には5月の柔らかな光が充満し、薄暗い光の中で虚ろな目を天に向け、青白い指を重ねて一心に祈る聖人たちの大自然の大動脈の鼓動を押し殺したような陰鬱なイメージに象徴される僕がそれまで訪れた他の教会とは全く異なった明るい雰囲気が漂っていた。僕はそうした空間にに包まれ、椅子に腰かけ静かに瞑想に耽った。その間5月の穏やかな光が室内に注ぎ込み続けていた。僕の心はどこにいるのかも忘れ、いつしか知らず自己と自己を取り巻くすべての外物との対立関係を超えた、全てが溶解し合った光まばゆい唯心論の世界へとさ迷い歩き始めた。


聖母マリアとのミクロの心の距離 

唯心論の世界とは、理性を手放し無限なる絶対世界に自己の全てを投げ捨てた時心の内に起こる人知を超えた絶対真理に満ち満ちた光眩い神・仏の世界。そこでは無限なる暗黒の大宇宙で、何処にいるのかも知れず一人彷徨う人間の絶対孤独は癒え、無常の風も萎え、老いも死もない、永遠の一瞬一瞬の時の流れに深々と身を任せる事ができると記された天上の楽園、極楽の世界だ。そんな世界にどれ程の間、浸った気分になっていただろうか?しばらくして心地よい眠りから覚めるようかに目を開けた。すると目の前の聖母マリア像が目に入ってきた。その気品あふれる指先、神々しく穏やかな表情、いかなる罪人をも暖かく包んでくれそうな大きな愛に満ちた腕と胸。長い間どれほど人々の心を救ってきたのであろうか?しかし。しかし。眼前の像にミクロの距離を感じる僕の心があった。僕はこの教会をとても気に入った。教会の中で感じた静かな心地よさは久しく経験していなかった感覚だ。今、死地に追い詰められた時最後まで心に寄り添い、愛の微笑みを送り続けてくれる絶対的心の支えを求める気持ちは増々強まるものがある。観念的宗教論議を重ねる気持ちの余裕はもうない。「しかしなんだろう?僕の心にある聖母マリアの愛に飛び込むことを阻む薄い皮膜のようなものは?」この問いに答えること。それは今回の旅の目的、「ありのままの自分とは何か?」を見出すことに直結しているかもしれない?と、僕の心は直感した。そしてその問いの解答は意外なところにあった。

パソコンと哲学

イタリア滞在を通して僕は姉夫婦のところに滞在した。僕がマドンナ・ディ・サイアノ教会から帰った時、甥はパソコンを使っていた。僕の顔を見ると、彼は顔を上げ、パソコンのスイッチを切った。すると今まで画面に存在していた全てのものが一瞬にして消えた。その時だ。何かが僕の心の中でクリックしたのは。「ものは存在しない。それは一時の現象に過ぎない。」という考えが、まず浮かんだ。そしてその考えは、次の哲学的思念へと続いた。

万物の存在はこの画面に映った文字、絵、写真等と同じだ。パソコンの機能は我々の知覚作用だ。誰かがスイッチを入れ、あるボタンを押す。するとプロバイダーにプールされていた情報が一瞬のうちにして、我々が知覚作用を通し物を認識するように画面に映し出される。再びスイッチを切ると全ては消える。我々が目をつぶると物が消え失せるよに。
結局、物の生起は対象物とそれを映し出すスクリーンの両者によって成り立っている。片方でも欠けると物は生起しない。道元禅師が言ったことはこういう事かもしれない。「空は鳥によって生まれ、海は魚によって生まれる。鳥、魚、がいなかったら空も海も存在しない。」つまりこの世の万物は、スイッチを入れる前のパソコンの画面がなにも存在しなかった様に実体はないものなのだ。


僕が達した「ありのまま」を生きるとは

僕は以前一時しげしげと禅堂に通い、多くの禅関係の書物を読み耽った時期があった。よってそうした考えには比較的精通していた。が、今その考えが特別の意味を持って生きた言葉として僕の心の中に浸みこんでいくように感じた。
結局このことだったのだ。聖母マリアの愛を素直に受け入れることができなかったのは。つまりキリスト教はすべて言葉を通して「信じれば救われる。」に依存している。そこには天地創造の記述に象徴されるように、どこか僕の心に「本当?」という不信があったのだ。宗教は理でなく情に依拠していることは分かる。しかしどうしても僕が非キリスト教圏で生まれ育った故か?その不信を拭い去り、聖フランチェスコのように、祈りによって宗教的高みに達するには無理があるような気がする。
結局、僕の理性がギリギリのところで受け入れられる納得できる人生の在り方とはパソコンの画面に何も映っていない状態、万物の生起がなされていない本源の状態、つまり自己のありのままの更地の状態を生きるということなのであろう。その延長線上に僕は世界の不合理、不条理が雲一つない僕のありのままの心のスクリーンと外物が溶け合って作り出された光の洪水。その洪水によって洗い流された生死を超えた「空」の世界があると僕は信じる。
そしてその世界は今僕がこのブログを書くことに成り切っている無心なる「今、ここ」にあるということなのであろう。

・・・・・・・・・・という様なことを考えたイタリア巡礼旅行であった。もちろん帰路、Gチケットの手続きは係員に依存し、飛行機内での映画鑑賞の操作方法は親切なスチュワデスの好意に甘え、おまけにチェックイン・カウンターでお土産のブランデーを機内持ち込み品として堂々申請し、寸前のところで没収されるというお粗末なことをしでかす旅の幕切れだあった。
わしはホンマにアホや。

2014年6月22日日曜日

イタリアの修道院に禅の心を求めて


クス呆けたみすぼらしい一老人

襤褸布を身にまとい薄くなった伸び放題の白髪を風にさらし、前傾姿勢に肩を丸め、ブツブツ 意味不明な言葉を呟き続けるみすぼらしき一老人。目はどこかを見るでもなく、見ないでもなくただ枯れ葉舞う初冬の寒風に身を任せ、周辺で何が起ころうとも薄笑いを浮かべ、全く気にもとてない面持ち。その存在は周辺の風景の中にスッポリと溶け
込み、自己と外界の境界線が消え去りそれぞれがお互いに同化しさえしているようにさえ見える。これは僕が人生の究極の目標と仰ぎ見る子だ中国の仙人(老子)の達した
精神的境地の象徴的イメージです。そこに何かがある。じょ饒舌な今日の識者の論理、理解が達しえない何か

が。又、欲望と肥大と「そうあって欲しい」の願望が転化して絶対安全神話が作り出したこの閉鎖社会の下で病んだ心をそっと大自然の霊気で慰撫し、安らかな心へと導いてくれる何かが。と、僕は4月下旬から3週間程北イタリアのアルプスの
裾野の鄙びた田舎町にその何かを求めて心の旅へと出かけます。ルネッサンス期に建造され、いまではかび臭くさえなった小さな村の中央に位置する教会。その門から昔と変わらず礼拝を終え、敬虔な面持ち出で外へと出てくるアルプスの風土の下に生きてきた深い皺の刻まれた顔、顔、顔。その顔をそっと撫でて通り過ぎていくアルプスの山々から吹き降ろしてくる
初夏の微風。そしてその周辺一帯を降り注ぐ澄んだ陽光。「そこにいまの僕に必要な何かが
きっとあるはずだ!それにしても何故イタリア?

恥辱を求めて

ガンジーは「物事はアリの地点から見ろ」と言った。僕もその生きる姿勢にのみ「真理に根ざした生き方がある」と、謙虚に謙虚に生きてきたつもりであったが、いつしか知識の増大に伴う物を分かったような物言い、それに対する人々の賞賛により自我の肥大が起こり、他者が期待する人物像を演じ始めたのみならず、自分でも他者に映った自分のイメージが自分自身だと錯覚し始めたと最近強く感じるようになった。取るに足らない自己の核の周辺に付着しはじめたべとべとした自我のカス。そのベトベト感の感触がたまらず、又本来無一物の原点から離れていく自分に辟易し、又耐えがたき寂寥感さえ感じるようになった。
人生は生き物だ。その生き物が固定化するとみずみずしさが失われ、屍化した自分を引きずって過去の哀惜の中で淋しく生きねばならない。今まで蓄積した物を全て放り出さねば!これが今後生き生きと生きる唯一の処方箋だ。と、いう危機感から僕は今回のイタリア滞在で「今迄隠し通してきた劣等感などを全てさらけ出し、恥辱を味わいつくし自己内に巣食っている自我意識できる限り葬り去ることができれば」と思っている。
その延長線上に古今東西の聖人たちが達した時空を超えた大安心の境地をかいま見る事ができれば…と思っているわけです。
僕は各々の宗教間において、どんなにその土壌、根底が異なり対立していたとしても目指す目標は共通だと思う。その目標とは存在が根源的な統一へと回帰することであり、その回帰した状態を神の恩寵、仏、道(前述した老子の達した境地)と呼んでいるのだと思う。よって、僕はもしかしたらイタリアの片田舎の人々のキリスト教に根ざした素朴な生活の中に今僕に必要な何かが見出せるのでは…とイタリア行を決めたわけです。

修道院に禅の心を求めて

砂漠の夜は厳かで神秘に満ち満ちた空気がある。そんな環境下に神を求めて、キリスト教初期3世紀頃熱い宗教心に燃えた敬虔なキリスト教徒たちは移り住み、禁欲、祈り、瞑想の生活を送ったという。星降る夜空の下で絶対静寂に包まれて、無窮なる空間に目を放った先に彼等は一体何を見出したのだろうか?神との融合という唯一の目的の為に全てを投げ打った彼らの捨て身の求道。それは又、世俗を捨てて深山幽谷に悟りを求めた禅僧達にも通じるものがある。一方は神を、他方は悟りをと、言葉は違っても彼らが理(己)を手放した瞬間からの心の奥底に流れ込んだ一点の曇りのない絶対真理の光、その時経験した名状しがたき法悦感、「自分は永遠と繫がっている!」という意識にならない意識は同じだったと思う。そんな彼らが達した内的経験を中世の修道院の静寂の中に幾分なりとも肌に感じる言葉できればと、4月下旬イタリアに旅立ちます。帰国後、非キリスト教圏に育った普通の日本人がキリスト教が誰も話す人もなく胸締め付けられるような耐えがたき孤独感に涙すらでない心の涙を流している人、全ての希望を絶たれ自分の生をもてあまし唯、時が来るのを待っている人達に、本当に心の救いになるのか?といった観点から禅を通して僕が感じた修道院の内的経験を報告したいと思います。









2013年12月9日月曜日

究極の土壇場で心を支えてくれるものは?・・・人間?哲学?仏教?


取りとめない不安感が再び…
同世代の友が亡くなった。長年、人生の意義、死、愛等の青臭いことを語り合った友だ。そんな友も亡くなるのだ。死はもはや物思いに耽った若き詩人のロマンチズムの対象ではなく生々しい現実となった。それはある観点から物事見るなら、青春時代若き感性が生命体の有限性を初めて強く自覚し、純粋に死の恐怖と不安に心定まらぬ夜な夜なを送ったあの取りとめなき不安感が、青年、壮年期の様々な人生の甘味、辛酸を味わい尽くした後、再び戻ってきたということかもしれない。今度は、憂愁に沈み果てた心の中にも微かに宿っていた未知なる人生に対する淡いロマンもない。色褪せていく人生模様。欲望によって覆われていた喜怒哀楽を演じていた人生舞台が無常というダイヤモンド針によって脆くも弾けちり、包み隠しない剥き出しの人生そのものが露呈して行く。「どこかに隠れ場所が?捕まるところが?」と、心の拠り所を求めて必死の探索が始まる。しかし青々とした葉に覆われていた森も、木はすべて枯れ果て無常の風が荒野と化した森の上を寒々しく吹きずさむ。不安な日々の始まりだ。


100%確実な死の実感
僕は今まで生死に関連した本はかなり読み、一応その事は深く考えてきたつもりでいた。しかし
今回の友の死の知らせに僕は狼狽した。若き頃の「まだ先の話」と、多分に観念的だあった死へ
の思いとごく近い将来100%の確実性を持って起こりうるという死の実感とは大きな隔たりがあった。知識は死地に追い詰められた極限状態の状況では人の心の支えにはならないと改めて感じた。人間の理性は万物を全て飲込み押し流していく大自然の摂理、生成の変化の前では余りに無力だ。この絶対事実を強く意識していたからこそ、若き頃様々な宗教に首を突っ込んでみた。そしてその後もその生死の問題を中核として生きてきたつもりでいた。が、動揺した。求道の徹底度が足りなかったということだろう。又、妥協と安逸を基軸とした人間存在の暗部には本能的に目をそむけた危機感の失せた善良なる市民生活にドップリ浸かり過ぎていたという事であろう。


原始の叫び
しかし月光に向かって遠吠えするオオカミの原始の叫びが生命体の中核に戻ってきた。近代の禅の中興の祖といわれる白隠が、幼少時代海辺の上を流れる浮雲を見て無常を感じたあの純粋な時空感の無限を感じた時の取りとめなき不安感だ。その味は苦く決して心楽しませてくれる物ではないが全てが真実に満ち清潔だ。「いよいよ来るべきものが来たか!」と、心は身構える。今回は先延ばしにはできない。今後どのような気持ちで人生を送れるのか?ここで決定するといっても過言ではない。快活な生活を送りながらも、加齢と共に色濃くなっていく死の影に心の奥底で不安を抱きながらも従来通りの現生的喜びに依存して、その不安を払拭しようと努める日々を送るのか?それとも、笑い興じている真っ只中にも心の内に忍び込んでくるその空しさの感情に耐えられず、意を決して生死の問題に真向して対峙し絶対的心の拠り所を掴みとり覚悟して今後の人生を送るのか?どちらの選択をするにせよ、その決定の持つ意味は重い。


崖っぷちで心を支えてくれるものとは?
その結果は、死の直前の心の状態に如実に表れることは確実だ。そしてその死は遠い将来の話ではない。いつでも起こりうる問題なのだ。もう一刻の猶予も許されない。ギロチンが今にも落ちようとしている状況なのだ。絶体絶命だ。こんな時と言える。自分が崖っぷちに立たされた時、本当に心に最後の一瞬まで寄り添い見捨てずに支え続てくれるものは何か?と分かるのは。それは人間には求められない。非力な人間は、救いのない絶望のどん底にいる人間の心に対して絶対的確信を持って「心配しなくていい」と言って心安らかな微笑を送ることはできない。それは理を超えた迷える子羊を、大きく広げた腕で抱きしめてくれる大安心を約束してくれる絶対世界からの救いの手なのだ。


心落ち着かせてくれた一冊の本
その様な事を考えていた時だ。「歎異抄」という衝撃的な一冊の本に出会ったのは。「善人さえ浄土に生まれる。まして悪人が浄土に生まれないわけがない。」と、その本は他の全ての宗教と逆のことを言っているのだ。又、その本は「煩悩に塗れた、浅ましき我々人間がどんな修業、善行を行ったとしても迷いを離れた絶対的大安心に達することはできない。唯、救済者阿弥陀様に「「南無阿弥陀仏」と連呼し助けを求めなさい。一切自力行為は放棄し、無心にお頼み申せば誰でも分け隔てなく救済してくださる。」とも。この逆説に満ち満ちた薄い本を一字一句吟味しながら一気に読み上げた。そして思った。この教えは人間を知りぬいた上に書かれている。一部は受け入れ難く反発を覚えるが、全体として宗教書特有の嘘臭さがない。何よりも、不思議なことは僕の心が落ち着き、友の死以来心を覆っていた灰色の雲が薄らいだような気がしたことだ。又、この教えはかつて経験した立ち上がる気力のない程の気だるさに襲われ、弱弱しい自分の呼吸の音を友とし無力に床に伏している様な絶望的状況に陥った時、心から離れず支え続けてくれるでは?とさえ思わせたことだ。この僕の心の内に起こったことは、若い時宗教に対し一定の距離は保っていた人たちが、晩年になって宗教に改心することと関係しているかもしれない。それは一人何の鎧もなく大自然に没していくことへの実存的不安感、人間的弱さ故と解釈しうるかもしれない。しかしここで大事なことは僕の心がかなり晴れがましくなったことだ。


心軽やかにしてくれた本の中身
そうした心静まった穏やかな気持ちで外界を眺めると、全てが愛おしいものに見えてくる。猫が大あくびをしている。枯れ葉が次から次へと地面に落ちていく。なんと心軽やかな気持ちだ。この気持ちはかつて禅堂で真冬に座禅をしていた時感じた心の状態と似ている様な気がする。体得を目指した自力を標榜する禅。信心に全面依存した他力を標榜する浄土宗。対極にあるこの二つの教えが何故同じような気持ちにさせるのか?この問いに対するぼくの解釈は、詰まる所はすべての宗教の最終的に目指すものは(無心)に尽きるということだ。この観点から僕が関わった宗教を考えてみると、全ての宗教はこの点で一致し、さらには狭い競技の解釈を超えてお互いに共鳴できる土壌さえ生まれてくる様に思われる。僕は長年、禅との関わりをもって生きてきたが、不思議なことに禅の対極と思われていた「他力」の思想の本質を表した「歎異抄」と出会ったことで今まで以上に禅が肉体を通してより深く理解し始めたと感じる。人はただこの世に生まれ死んでいく。その孤独の人生を歩んでいくためには、大きな腕に抱かれているという意識があったほうが心安らかな一生を送れることは確かだ。その意識にならない意識を生み出してくれるのが無心、つまり自分が生まれ出た故郷に全てを委ねるということだと僕は理解する。


万物と一体化した心安らかな人生
人はこの世に生を受けて以来成長と共に自我が成長し、その自我を自分の人生の中核に据え人間社会の中で数多の喜びを覚える。しかしその喜びを獲得できない、又その獲得した喜びを喪失する時人はいかに悶え苦しみ、七転八倒することか。その喜怒哀楽が人生という解釈も成り立つ。しかし自分がいかにのたうち回っている時でさえ、季節は巡り、時は休むこともなく淡々と何事もないかのように推移しているのだ。本当に人間として成熟いくとは、人間社会の背後にある絶対世界に目を向け、徐々に我という意識を薄め外物に心を開いていくことではないか?
その先に、小鳥のさえずりにさえ喜びに心震え万物と一体化した心安らかの人生が待っているのではないか?と僕は思う。そんなことを友の死は考えさせてくれた。

カエデの木が枯れ葉を友の墓石の上にまき散らす。友の深い瞑想が破られないことを願う。



2013年9月24日火曜日

Mr.LONLEY  (ミスター・ロンリー)

ジェット・ストリーム
 「 寂しい、僕は一人ぼっち                                 ”Lone~ly, I'm Mr.lone~ly                     

 僕には誰もいない                   I have nobody for my own
 とても寂しい 一人ぼっちなんだ           I'm so lone~ly, I'm Mr. lone~ly
   誰か電話をかける人がいればな~」         wish I had someone to call on the phone"

 
と、甘く切ない歌声がラジオから流れる。その言葉は孤独者の胸深く染渡る。「一人ぼっちは自分だけじゃないのだと」。その歌声は間もなく包容力のあるオバマの様なバリトンの声に変わり、荘厳で静謐な宇宙の営みを謳ったナレイションが読み上げられる。

「遠い地平線が消えて、深々とした夜の闇に心休めるとき、
はるか雲海の上を音もなく流れ去る気流は、
絶え間ない宇宙の営みを告げています。
満天の星をいただく果てしない光の海を
豊かに流れゆく風に心開けば、
きらめく星座の物語も聞こえてくる
夜の静寂の、何と饒舌のことでしょか。
光と影の境に消えていったはるかな地平線も
瞼に浮かんでまいります。」

そのナレイションの美しい詩的表現に心酔いしれ、それが読み終わる頃には心は1600km/hrで自転しながら、10万㎞/hrの速度で暗黒の宇宙を旅する我々の故郷、地球上で宇宙の風を感じる。そして自分のちっぽけな悩みから暫し解放される。これは70’s年代に人気を博したラジオの深夜番組のイントロ部であるが、今もなお世界中至る所で天から降り注ぐこの種の調べを必要とするMr.lonelyは無数にいる。その何人かをここで紹介したいと思う。


アメリカ、日本、シリアのMr.Lonely
アメリカの16歳のジョージ君は、リーマンショックの影響で父親は失職し今家庭は衣食住にも事欠く有様。将来法律家を目指していた彼は将来の道筋が描けず独り心閉ざす毎日。日本の25歳の真澄さんは教師として一年間不合理で理不尽な学校組織、人間関係との戦いに疲れ辞職し、今大学に戻り教育関連知識を深め再度教師に挑戦をと勉学に勤しむ日々。38歳のシリアのシャナッツ
夫人は銃声の飛び交う内戦シリアで命を賭して自由な社会を求めて反政府活動に明け暮れする日々。みんなひっ迫度の差こそあれ自分の信じる道を求め、ある時は折れそうな心を奮い立たせ生きているMr.lonely達だ。


最大の敵は自己の内に
世界中のMr.lonely達よ!今日は彼等と共にお互いの内なる苦悩を分かち合おう。人の心は瞬時目まぐるしく変化する。「絶対に!」と固く決意した心も時の移ろいとともに薄らいでいく。「自己の道を歩む最大の時は自己の内にある。今日勇気と希望を持った者でも孤独が我々の決意を疲弊せしめ、(自分は寂しい)と言わしめるだろう。」とはニーチェの言葉だ。向こうにはあんなに穏やかで明るい陽光に包まれた楽園が…」と夢の中で呟くかもしれない。


雲水(禅の修行僧)の生き方が我々に
そんな時、心を支えてくれるのは偽善的な優しい言葉ではない。自分たちより何十倍もの過酷の道を歩んだ人々の生きた言葉だ。僕が奈落の底に沈んでいく様な内なる危機感を感じたとき勇気を与えてくれる一枚の写真がある。右に示した雲水たちの生き方を象徴した写真と言葉だ。

夏、早朝初、日の光が土塀を超えて地面に落ちる。禅寺の境内に立つ。静寂。「時」が私の全身をすっぽりと包み、やがて体に浸透してくる。「彼等」は何を求めて、寺院を捨て、地位を捨て厳しい修業に身を投じたのであろうか?  「彼等」は今、何処に行っててしまったのだろうか?                                                                                      


彼らの全てを捨て切って己の道を求める孤高なる生きる姿勢はいつも僕の甘い心を奮い立たせ、
新たな挑戦のをする勇気を与えてくれる。


サムライ Mr.lonely
運命の悪戯故か?「これ以外に自分の進む道はない。」と自己の運命を生きる覚悟した人にとって
命がけで自己の道を歩んだ人の言葉は珠玉だ。最後にこれ以上過酷な苦難の道を歩んだ人は今にも過去にもいなかったと言える程、孤高なる熾烈の人生を歩んだ我々の大先輩のMr.lonelyを紹介しよう。生涯に渡ってハエを箸でいとも簡単に摘まむほど精神修養を積み、剣の道を究めた剣豪宮本武蔵だ。武蔵が自己の弱さ、甘い誘惑の負けそうになった時自分の心を支えた生活信条がある。死の直前洞窟で書き上げた「独行道」という人生哲学だ。ここにみんなで吟味しよう。

1.生涯欲にとらわれず

2.自分の行った行為は後悔しない

3.別れは悲しまず

4.恋心は持たず

5.美食にとらわれず

6.いつ死んでも後悔はせず

7.仏神は敬うがそれに依存せず




自分の悩みなどまだまだ
これに目を通した後、普通の人は「何のために一般の人々の喜びを放棄して、そこまでしてそんな過酷な道を歩んだのか?」という疑問が当然起こるであろう。それに対するぼくの解釈は「ほかの人生を選択しても自分は決して幸福になれない。」と絶望的に感じるほど彼が求めたものは自己の核心的な問題であった。」ということに尽きると思う。人にはそれぞれ自分に与えられた宿命というものがある。その宿命を妥協することなく真摯に追及することこそ真の本当の幸福を見出すことができるのだと思う。武蔵の場合剣豪としての天才を生きること。その生死の狭間のギリギリのところで喜怒哀楽に基ずく人生を生きる我々普通の人々が達しえない恍惚感を経験していたのだと思う。自己の道を求めるということは、ここまで厳しいということであろう。我々一般の人間は彼のような極端な人生を歩むことは不可能である。が、少なくともそこから己の道を歩むということの厳しさを知り、そうした人々の人生に比べれば「自分の苦悩などまだまだ・・・」という勇気をもらうことは可能であろう。



防人のMr.lonely
ジョージ君、真澄さん、シャナッツ夫人、そして世界中のMr.lonely達よ!暫し耳を澄まそう。そして心に染渡る防人の孤独を謳った”Mr.lonely"二番を聴こう。

僕は兵隊なんだ                     I'm a solider
孤独な兵隊なんだ                                                            a lonely solider
望んだわけでもないのに家から                              away from through no wish of my own
遠く離れ                                                                   
だから寂しいんだ。一人ぽっちなんだ                     That' s why I'm lonely . I'm lonely 
家に帰れたらどんなにいいだろうな~                     I wish that I could go back home